目黒のとんかつ

　昔あるところに大そう偏食がひどく、四足の肉を一切食べないお殿様がおりました。

　「これは良い日和。紅葉狩りでもいたそうか」
　お殿様は突然そのようにおっしゃられ、それならばと下屋敷からそう遠くない目黒まで散策に出たまでは良かったが、仕度も早々に出られたものだから食事の用意がされてない。
　そこで周囲を見渡せば、たった１件の” とんかつ和幸 ”。

　「おお、これは美味。店主よ、これは何と言う食い物じゃ？」
　『はっ、それは”とんかつ”にございます』
　今まで肉など口にしなかったお殿様、目の前に運ばれる香ばしく揚げあがった”とんかつ”をあれよあれよという間に平らげて、すっかり”とんかつ”の虜になってしまわれたからさぁ大変。
　お城に戻ってからも”とんかつ”のことばかり考えております。

　それを見かねた家臣が何とかして”とんかつ”を殿の御前にお出ししようとしましたが、今まで作ったことが無いのだからとんと判らない。
　『いっそ有名な店から取り寄せてみてはいかがだろうか？』
　『だれぞ詳しい者はおらんのか？』
　『そういえば信州信濃の伊那谷に、”ソースかつ丼”という物があるらしいぞ』
　『うむ、それなら聞いたことがある。確か”ローメン”に並ぶ名物だとか』
　『よし、大急ぎでその”ソースかつ丼”を取り寄せるのじゃ！』

　しかしこの”ソースかつ丼”。
　かつ丼とは名ばかりの、ただご飯の上にキャベツの千切りと安油で揚げた脂身ばかりの肉が．．．以下省略。

　「これ、じい。この”とんかつ”は一体どこから取り寄せた？」
　『はっ、伊那谷でございます』
　「それはいかん。やはり”とんかつ”は目黒に限る！」
　．．．．．．

　たぶん、私の肉嫌いの原因もこんなものではなかろうかと。
　それにしても”とんかつ和幸”さん、大好きなんですが長野県には無いんですよ。隣県の新潟と山梨にはあるんですが．．．。